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あいうえおの歌 [随想]

平仮名といえば、「を」という文字を見るたび、変体仮名の流れを汲む典型的な文字だなあと思うのです。他は「む」とか。幼稚園や小学校低学年の頃、バランス良く書けない文字ツートップだろうと。

仮名に限らず、漢字もアルファベットも図形などもそうですが、対象をある一定時間見たり感じたりすることにより、その対象の意味・まとまりの認識が崩れ、線・点などの構成部分ごとの認識になる現象が「ゲシュタルト崩壊」。
「対象を、きちんと『まとまり』として、しっかり認識できる」という前提が重要で、上記の変体仮名の例でみれば、「生材む」としか読みようのない看板を、詳しい方ならきちんと「生そば」と読めるわけですが、そもそもそう読めなければゲシュタルト崩壊は起こさないだろうと推察されるのです(「生材む」かなあ?何かなあ?…と考えなければならない時点で、充分な認識がされていない=崩壊しようがない)。

このゲシュタルト崩壊、音楽でも起こりうるのです。短いフレーズを極めて繰り返し聴くことで起こるというもの、楽譜を書く(最近ではDAWソフトのシーケンサーに音符を打ち込む)時に起こるというもの。ドラム譜をマウスでせっせと打ち込んでいる間に、だんだんとボンヤリしてきたりしますが、集中力でカバーできるものではなさそうで。
…やっぱり、電子ドラムでのリアルタイム入力ですかねえ(ただし、同じ漢字の書き取りを連続して行った時の独特な感覚同様、身体を動かせばこの崩壊を防げる!というわけにはいかないのですが)。

この曲はまさにゲシュタルト崩壊しそうなメロディーとリズムですが、前衛曲ではありませぬ。
(作品番号4、1983年)
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