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鶴の恩返し [随想]

ちょっとこの時期には珍しい、交響詩的な作品。もちろん譜面に起こすのはずっと後年。
当初は「夕鶴」という作品名にする予定でしたが、流石に木下順二大先生の戯曲の題名そのまんまは宜しくなく、無難というか平凡なものにしました。でもプロットは夕鶴そのもの、主人公のおじさん(おじいさん)が京の都見物のための資金稼ぎを唆されて、「見るなの掟」を破ってしまい、鶴が飛び立って去っていくという話。
童謡ぽくはなく、日本昔ばなしのBGMのような曲調とも異なり、よりエキセントリックでシャープな旋律。グローフェの「大峡谷」や大栗裕先生の「吹奏楽のための神話」の影響をかなり受けています。グリッサンドを多用しすぎ。鶴の鳴き声はスライドホイッスルではピッチがまだ低くて、できればピッコロで最高音(可能ならフラジオレットで更に上)からのグリッサンドで。まあ本物の鳴き声の録音を再生でもいいでしょうけど。

(作品番号56、1991年)

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朝の交差点にて [随想]

どストレートな、朝のキラキラした感じを描いた作品(いわゆる朝シリーズ)の真ん中に存在。
中学生の頃、ちょうど「東ニュータウン」の舞台となった商店街にある交差点で友人たちと待ち合わせをしつつ毎日登校してまして。毎日たわいもない話をしながら20分近く歩いていたわけですが、まあよく話題も尽きなかったものだと。あるいは、特別に話さなくても「何かネタを出さないと!」という切迫感はなかったのかもしれません。
で、その交差点を毎日8時頃までに出発すれば遅刻はしないのですが、普段使っていた腕時計(たぶん、全音のメトリーナマルチ。チューナー・メトロノーム付腕時計という、吹奏楽部員垂涎の逸品)の電池が切れたため、母親の買った化粧品についていた景品の腕時計に切り替えた次第。ところが、とある寒い日にその時計にあわせて待ち合わせの交差点を出発したところ、なぜか私も含め3人遅刻!先生からは特に叱られもしませんでしたが、「あれれ、時計が遅れてる、なんでだろう…」と疑問が。
のち、自宅の冷蔵庫で実験したところ、寒いと遅れてしまう精度の低い時計だったんですねえ…以後、その景品時計は自宅本棚の飾り物に格下げ。ちなみにメトリーナマルチも、のちに買ってもらったセイコーアヴェニューも、30年近く経つ現在でも毎日使ってましていまだ現役という物持ちの良い家庭で。この曲を聴くと今でも遅刻エピソードを思い出します。
(作品番号55、1991年)

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ホットライン [随想]

固定電話の契約がどんどん減っているようで。電話加入権という言葉は中年以上しか知らないものに成り果て、友人の自宅に電話すると親御さんが出て取り次いでもらう(もちろん友人からこちらへの電話も然り)という時代を懐かしいと思うか窮屈と思うかはヒトさまざま。まあ今はもうそういうのは受け入れられづらいでしょうねえ。
ホットラインという言葉も、携帯電話で1対1コミュケーションの中では薄れつつあるかもしれず。そもそも「相手への直通電話」という概念も気分も当たり前過ぎるかと。
それでも「Dance! Dance! Dance!」のように歌詞そのものを更新するほどではないかと(PHS、病院内とかで無い限り、ほぼ絶滅しちゃいましたからねえ…)。
SNS絡みの作品は…個人的には上手く使いこなしていないのと、仕事上もトラブルケースにばかり遭遇するので、まあ作らないでしょうねえ。
(作品番号55、1991年)

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冬の夜明け [随想]

いわゆる「朝」シリーズとは一線を画す、静かな作品でして、爽やかとかアクティブとかというイメージとは異なり、しんみりというか寒いピリッと張り詰めた冬の空気という緊張感の強い曲調。その点ではのちの「鉄道林の朝陽」と兄弟のような作品であります。緊張感を抜き出して強調すると「雪原」になるのですが、もちろんこの頃はそんなに悲観的な作品はまだまだ作ってません。
(作品番号52、1991年)

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丘の上の学舎の唄 [随想]

ローカルというかドメスティックな作品が続きます。唄といっても、狂詩曲というかラプソディ的な作品なんですよ。演奏はわりと大変で。もちろん目の前を通る道路は4番通り。
(作品番号51、1990年)

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