So-net無料ブログ作成

肖像写真 [随想]

令和元年5月1日。首都圏は雨でしたが、またそれもしっとりとよいものでありました。
「あいにくの雨」という表現は得てしてアウトドアを楽しめないことを意味し、いま住んでいるところでも花火大会がキャンセルになってしまい、せっかく準備をされてきた方々には大変残念なものの、一方では1人でインドアを満喫できたり、ライトアップされた建物が艶やかにより映えて見えたりもし、それもまた一つの過ごしかたで。

「肖像写真」は「Intro-東の空から」「時間よ止まれ」「光源」「夕日差し込む」「机の上に横の肖像写真-Ending」の5小曲からなるメドレーというか連作でして、「道化の行進」とは異なり、初めから1つのテーマに沿って作曲したもの。チャイコフスキーの「展覧会の絵」のようにいくつかの絵(あるいは肖像写真)があるのではなく、1枚の肖像写真が1日の中で光の当たりかたにより刻々と表情を変えるというイメージ。ただし5曲に共通のモチーフはなく、表情が変わるように見えていても、実際に描いているものは様々に想起される華やかだったり楽しかったりする種々の記憶であるのです。
この肖像写真のモチーフになっている友人は今でもお元気でいらっしゃる筈。令和の時代も元気でいきましょう。
(作品番号40-44、1990年)

nice!(1)  コメント(0) 

10月のサイクリング [随想]

暫く連投ですが、平成最後の曲紹介はこれにしましょうか。札幌界隈はギリギリ自転車に乗れる時期が10月。11月になってしまうと初雪が降るので、その頃には自転車も物置に半年間寝かせることになる訳です。
身近にはあいにく、紅葉がとても綺麗な道というのがあまりなく(先日のエントリの通り、ナナカマドの実が赤くなるのはもうちょっと先)、ニオイヒバ生垣の小径とか、落ち葉舞う公園のグラウンドの上などを自転車でグイグイ走るといった感じ。サイクリングロードをのんびり走るといったものでもないのは残念なところ。なのでこの曲が、ゆったり長距離走といった雰囲気でなく、むしろ細切れのフレーズを多用してて、躍動感も強いのはそのせいですかね。
いろいろ曲のアイデアも湧いてクリエイティブに過ごしていた平成2年頃。それから30年、平成も残り20分ほど。令和はより良い時代でありますように。
(作品番号39、1990年)

nice!(0)  コメント(0) 

街灯の下を [随想]

冬は陽が落ちるのが早く、その帰り道を照らす街灯の歌。なので深夜ではなく、あくまで18-19時くらいという、そこそこ健全な時間。私にとってはそれでも充分に遅い時間だったんですよ。いまの中高生さんは皆さん夜更かし気味で。
他の部活の友人とちょうど同じ時間に部活を終えて、話し込むために通学路をちょっと遠回りしていたのも良い思い出。
かつて、道を歩いていると、近くの街灯が急に消えるということがしばしばありまして。特異体質に違いない!と思い込んでおりましたか、いまや水銀灯やLED灯が増えて、そういうこともなくなりました。つまらないですねえ。
(作品番号38、1990年)
nice!(0)  コメント(0) 

神威の岬 [随想]

最近は漫画「ゴールデンカムイ」が流行ってますねえ。特急スーパーカムイ(近年は「スーパー」が取れちゃいましたが)もそうですが、割とよく使われ、知られるアイヌ語の一つかと。それまでは神居古潭(鉄ヲタは必ず行くべき駅跡の一つ)と神威岬といった景勝地のほうが有名だった筈で。
積丹半島(かの伝説的漫画「シャコタン・ブギ」の舞台だと後年まで信じてました。。。)の先端にある神威岬、ここを舞台にした作品で。中学生の頃と高校生の時、2回ほど行っている筈ですが、前者の記憶も記録も無いんですよ、なぜこの曲に「神威の岬」の題名をつけたかは覚えていず。
これは吹奏楽曲として作ったもので、当初は3/4拍子で作りつつ、のち4/4と2/4の変拍子に改造。A.リード師の「El Camino Real」に明らかに影響を受けておりまして、民俗的なリズムに惹かれていた時期であるのですが、この「神威の岬」自体はユーカラ(アイヌ民謡)の要素も、ムックリなどの楽器も入っておりません。
洞爺湖サミットのテーマ曲にはムックリが使われましたが、漢方や中医学と西洋薬との相性同様、民族楽器って西洋楽器との相性って正直なところそんなに良くないと思うんですよ…。まさに前衛的になってしまうというか(その割に「愛・地球博」の時には歌詞応募をしちゃうのですが)。で、この曲はごく普通の中学校の吹奏楽部で演奏できる編成にしてたのです。

ユーカラといえば、東海クリエイト(現クレオのほう。同名の舞台制作会社とは別法人)が作っていたPC-8801用のワープロソフトでして。関連のソフトでユーカラカードというデータベースソフトのはしりもありまして、後者のほうをちまちま弄っておりました。でもここの会社、アイヌ語とも北海道とも関連がないんですよねえ。個人的に好きな、いいネーミングですが、謎でした。
(作品番号37、1990年)

nice!(0)  コメント(0) 

永遠の生と愛 そして復活 [随想]

「光よ!あなたは」のコンサートは11月、その名もThe great concert in 1990、たいそうな名前で。。。
引き続いての「永遠の生と愛 そして復活」も構想開始が10月ということで、随分せっせと作品を作ってたんですねえ、受験勉強前に…。
合唱組曲というか交響詩というかカンタータというか(当然「土の歌」の影響を受けている)誇大的な作品でして。「生きていて」「あの愛 いつまでも」「地球人(だいちびと)」「復活」の4曲から成るのです。
「生きていて」は当初構想では変拍子のオンパレード、結局は4/4拍子に整理。「あの愛 いつまでも」は80年代ポップス風の作品になりかけたものの、改めて無難な合唱曲に。「地球人(だいちびと)」は、たぶん最もオーソドックスにまとまった筈。「復活」はパイプオルガンを使ったりストリングスをガシガシ入れたり、「大地讃頌」とDQ4の終曲と「河口」(これも名曲ですけど、「筑後川」を表現するにはいくらなんでも大仰に過ぎるという批判もあるようで)が渾然一体となったような、もう訳わからないくらいのカオスな作品で。

この組曲には河川は出てきませんけど、「河口」にせよ「モルダウ」にせよ「川の流れのように」にせよ、川がらみでは壮大な曲を書かないとならんというプレッシャーが生まれるのかもしれず。それへの反発で「激流」「氷河」という、相反する作品を後に書くことになるのです。
(作品番号33-36、1990年)
nice!(0)  コメント(0)